カテゴリー別アーカイブ: 日々のお話

能登・よろみ村の旅

能登のよろみ村より帰ってまいりました。

この地の拠点となっている禅寺・龍昌寺に宿泊し、夜明け前にアカショウビンの声で目覚め、早朝の座禅から始まる朝、

長い廊下の雑巾がけ、蓮の花や野の草花を見ながらの朝散歩、

 

畑の作物と相談しての料理作り、

  

大家族みたいにいただく食事やお茶の時間、たくさんのおしゃべりともっとたくさんの笑い声、

手を真っ青に染めての藍染、

  

 

満天の星、近づく赤い火星、そして暗闇。

携帯もネットもつなぐことなく(どうせ圏外で繋がらない)、デジタル画面を見ることもなく、電話もかけない。リラックス&エネルギーチャージの「日常のような非日常」もしくは「非日常のような日常」。

龍昌寺のご住職、村田和樹さんと啓子さんご夫妻には大変お世話になりました。

ご一緒に参加した皆さんとも、短いながらも共同生活を送ったおかげで、すっかり打ち解け仲良くなりました。

そして、そのよろみ村に住んでいる住人の一人が、来月展覧会で清滝テラに来られる江崎満さんです。もちろん江崎さんのお家にも寄ってきました。
リクガメのシリウスとは初対面、イタリアングレーハウンドのカンちゃん(この子のじいじはかつみゆきおさんで,かつみさんのところで生まれた子犬を私が江崎さんのところに紹介したので、まあ私もいわば里親というわけです)とは久々の再会。

空、星、鳥、木々、草花、畑、動物、虫、土、水、川、海、魚、そして人、、、よろみ村には生き物たちが満ち満ちていて、来月初めには、そのエネルギーを凝縮したみたいな江崎さんが京都にやってくる、というわけです。

どんな日々になりますか。こちらも楽しみです。

渡辺淳さんのこと

8月17日は久しぶりに若狭に行ってまいりました。と言っても決して嬉しい訪問ではなく、若狭や一滴文庫にとってなくてはならない人であった画家の渡辺淳さんのご葬儀でありました。

86歳とご高齢ではありましたが、いつまでもお元気なような気がして、いつも変わらない故郷のように思えて、ここしばらくご無沙汰してしまっていました。

淳さんとの一番最初の出会いは、水上先生と知り合って、初めて一滴文庫にお邪魔した時。一滴の庭で草むしりとお掃除をしていた年配の男性がいらして、庭仕事のお手伝いの方かなあなどと思っていたら、それが淳さんだったのでした。

いつも心安く声をかけてくださり、来る人を温かく迎えてくださり、水上先生のご著書の挿絵を100冊余りも描かれたベテランの画家であるにもかかわらず、ご自身のことも絵のことも、何の出し惜しみもなく飾ることもなく与えてくださる方でした。一滴文庫で、淳さんのアトリエで、たくさんのお話を聞き、たくさんの絵を見せていただきました。

渡辺淳さんは、水上勉先生と同じ若狭の隣り合う村に生まれ、そこで育ちました。水上先生は若くして故郷を離れ、故郷に愛憎相半ばする思いを抱きつつ都会に出て行かれたわけですが、淳さんは、生まれた若狭の谷あいの村から一度として外に出ることはないまま、そこで炭焼きや郵便配達をしながら、絵を描き続け、一生を終えました。

お二人の生き方は、全く異なるようですが、互いに分かり合う思いがあり、だからこそ水上先生と渡辺淳さんは、(年齢は水上先生が一回り上で、水上先生が渡辺さんを見出し著書の挿絵に抜擢した、といった経緯を超えてなお)、尊敬し合う良き友であり理解者であったように思います。お二人のご生前、どちらからもそういう思いを感じました。

テラでも何度か淳さんの展覧会をさせていただきました。ランプの絵、炭焼き窯のえ、仄暗い灯りの元を飛び交う蛾の絵、草むらの絵、茅葺の絵、たくさんの淳さんの絵が目に浮かびます。

清滝でも向坂典子さんと二人展をさせていただきました。清滝の自然をことのほか楽しんでくださり、清滝ではお客様とご一緒に散策しながらスケッチ会もしていただきました。その場の風景を切り取り、ササッっと描いていかれる様を目の当たりにできたことは貴重な時間でした。皆さんのスケッチを見ながらの合評会も楽しかったです。たくさんのファンがいらして、その多くの方ともいつも絵を添えたお手紙など交わしておいででした。

ご葬儀に向かう車の中で、若狭が近づくにつれ、青葉山が大きく前に見えました。若狭富士とも言われるこの山も、淳さんが好んで描いた山でした。テラに残る竹紙に描かれた青葉山の絵を見ながら、たくさんの思い出も宝物もいただいた渡辺淳さんにありがとうございましたと申し上げました。

「この谷の土を喰い、この谷の風に吹かれていきたい」という言葉そのものの一生だったと思います。

ものづくりに思う

 

少し前になりますが、以前から存じ上げているジュエリー作家の井澤葉子さんが、フィリピンからのお客様を連れて西陣テラに来られました。お客様のビンさんはフィリピンでも良質のアバカ繊維を産出し伝統的な編み物をつくる村のご出身で指導的な立場にある方、村ではとっても美しい光沢のある編み物が作られています。井澤さんは村の伝統工芸の手仕事を日本の需要につなげるお手伝いをされています。

以前より、村にも行かれた井澤さんからお話を聞き、その繊維の魅力にも惹かれていましたので、会った早々3人で繊維話で盛り上がり。アバカとバンブーの繊維の話、紙づくりの話など、互いに興味津々質問が飛び交い、たくさん聞かせてもらい話しました。
こういうとき、ものづくりには、国や言葉の壁や隔てがなく、すっと中に入って話がはずんでいけるのが楽しいところ。その後ご一緒に西陣の工房での組紐作りにもチャレンジして、手仕事の魅力と隔てのなさを楽しんだ1日でした。

村にはたくさんバンブーやアバカが生育しているようなので、いつか行って、ご一緒に繊維を取り出し、編み物や紙づくりをしてみたいなあ。

このところ、「ゴザ編み」「竹細工」「拭き漆」など、ものづくりにチャレンジする機会に恵まれ、その面白さを再認識しています。元来手は不器用でして、細かい精密な仕事は苦手なのですが、一から十までものを作っていくことにはとても魅力を感じます。自然の素材から衣食住の術を見つけてきた古の人のDNAが蘇るのでしょうか?「これ、こうやって作られているんだ」「作ろうと思えばできるものなんだ」と知ることも新鮮な驚きです。

そして、ものを手でつくる時、大方の場合によくある作業、「繰り返し」を続けるという作業にも、実はしばしば密かな心地良さを覚えます。「縦糸と横糸を交差させる」とか「繊維を水にくぐらせ紙をすく」とか「木に漆を塗っては拭いてゆく」とか、そうした単純な繰り返し作業は、ごちゃごちゃしょうもないことを考えがちな頭を空洞にして、無心になれるひと時で、私、嫌いではありません。

これからも、下手なりにも、暮らしに使える様々なものをつくっていってみたいと思っています。みなさんともそうした作業をご一緒もしたいし、逆にものづくりのプロにも、更に尊敬の念を持っていきたいと思っています。

 

竹紙照明の合評会へ

京都精華大学プロダクトデザイン学科の小山格平先生の授業にて、竹紙を素材に使っていただき、学生さんたちが思い思いの竹紙照明を作るという課題が行われました。

今年初めの授業で、私が竹紙についてのレクチャーを行い、竹紙をお渡しして、大学で学生さんたちの制作が続いていましたが、27日が制作発表日のことで、私も合評会に参加してきました。

どんな部屋のどんな場所に置くか、から始まって、自由なイメージで、「竹紙を使う」という以外は思い思いにつくられた照明。

「たけのこ」「観葉植物」「かぐや姫のマンション」「シャンデリア風」「障子・行灯風」などなど、和洋も発想もいろいろで、もちろん完成度に差はあれど、アイデアの芽がそこここに感じられ、小山先生のツッコミも的確愉快で、私にとっても新鮮な楽しさのある合評会でありました。

  

    

私が一番面白いと思った(独断と偏見ですが)作品には、ささやかな「テラ賞」をお出ししました。

この作品です。

 

照明を考える時、大概は、光源をどう覆い隠そうかと考えることが多いですが、この作品は竹ヒゴを紙で挟んだべっこう飴状の竹紙を林立させ、それぞれが向きを変えられる作りになっていて、陰影にも変化があり、ちょっと角度の違う発想とその効果に「いいね!」と思ったのでありました。

最後にみなさんとご一緒に記念撮影。みなさんお疲れさまでした!

小山先生ありがとうございました!

CD発売されました!

昨年清滝テラで蛍ライブをしてくださった村田聡さんのライブ時のピアノ演奏が、CDリリースされました!
村田さんは、清滝奥にある空也の滝で滝行しながら作曲とピアノ演奏を続けているピアニストです。
今回のCD内容は、江崎満さんの展覧会にコラボして行われたテラでの蛍ライブそのものです。ライブは、あの時、あの会場で、あのメンバーだからこそ生まれた、偶然のようでありながら必然だったとも思われる即興演奏で、皆の心に深く残るものでありました。

ジャケットは江崎さんの作品、野の花漢字図です。
そんな音楽の誕生に立ち会えたことを、とても嬉しく思っています。下記に購入できるサイトも載っていますので、ご関心ある方は覗いてみてくださいね(テラ小林にお尋ね頂いてもOKですよ)。

初仕事

今年の初仕事、京都精華大学にて竹紙の講義。

竹紙のレクチャーをして、竹紙を渡し、学生たちはこれから照明の製作にかかります。月末には作品が出来上がるそうなので、また完成時には合評会に参加させてもらう予定です。


竹紙への思い、伝わったかな?

 


(ついでに家の中がきれいに片付いたので、ちょっと写真を撮ってみました)

2017年新年の初めに

あけましておめでとうございます。
年末は、大掃除、餅つき、おせち作り、除夜の鐘つきなど、恒例行事に追われまくってふうふう言っておりましたが、年が明けてみれば、穏やかな正月です。
95歳年女のおばあちゃんから23歳年女のニューフェイスまで、家族揃って手作りの白味噌雑煮とおせち料理をいただきました。
おせち料理も一旦作ってしまえば、3が日はあれこれ考えずそれを食べ続けていれば良いということで、案外便利にも思えます。
近くの北野天満宮に初詣に行った後は、3が日のんびり過ごします。

ここ数年恒例になった手作り白味噌も美味しく仕上がりました。

 

 

年末のお餅つきの時のこと、ハッとしたことがありました。縁側で搗いたお餅を丸めていたのですが、餅箱の重ねようが悪く、何個かの小餅がつぶれていたのです。「ああ、こんな置き方して、せっかくのお餅つぶれてるやん」とわたしがくどくど文句を言っていたところ、来ていた6歳の女の子がそれを見て、きっぱりこう言いました。「そんなんまた作ればいいだけのことやん」。
いやいや目が覚めました。はい、その通りです。「また作ればいいだけのこと」を、私は何をぐずぐず言っていたのでしょう。
失敗したらやり直せばいい。物事では10か0だけではない。5からでも1からでも、また積み重ねていけばいいのでした。

今年はもっと気持ちに余裕を持って、おおらかに日々を送っていくことにしましょう。「失敗したら0になる」のではなく「またやり直せばいいだけのことやん」と思いながら。


みなさま、今年もよろしくおつきあいのほどお願いいたします。

師走です

今日からはや12月となりました。

11月は紅葉もあって慌ただしい日々でしたが、正月までの支度も少しずつ。

夏じゅうお世話になった網戸を洗って片付け、

干し柿と柿酢を作り、

お正月用の白味噌を仕込みました。

どれも時期を逃すとできないものなので、季節に追われるようにして、やるべきことをしています。

そして、これまた年末恒例の「竹紙干支はりこ」も出来上がってきています。

来年2017年は「酉」年です。これまで飾られてきた「申」も少し肩身が狭くなってきたようで、、、

はりこ購入ご希望の方は、西陣テラ、または清滝テラにて販売中です。ご遠方の方にはご送付もしています。

価格1500円+税=1620円 送料200円+ です。

ことばの勉強会

今年も苅谷夏子さんをお招きして、「大村はま先生に学ぶことばの勉強会」を行いました。
今年は大村はま先生が実際に行なわれたのと同じ授業をみなでやってみましょうと、苅谷ー先生役、私たちー生徒役で授業が始まりました。

苅谷さんに選んでいただいたのは「驚く」ことばの授業でした。

「びっくりする」「はっとする」「どきっとする」「息をのむ」「腰を抜かす」「肝を潰す」など、驚く言葉はいろいろあります。
いろいろなことばの違いを考えるのかなあ?でも、わかるようでいて違いをことばで説明するのは難しいなあ?当たったらなんと答えようかなあ?などと考えていましたが、大村授業の(今回の先生は苅谷さんですが)流れはちょっと違いました。
たくさん書き出された驚くことばの中から、好きな(気になる)言葉を選び、そのうちの一つを使う場面の文を作ってみましょうというのです。

ことばを分類的に考えるのは難しくても、驚くシーンを考えるのは、そう難しいことではありません。誰もがみな持つ驚いた経験やその時の状況を思い起こして、あらかじめ書き出された驚くことばのどれかを使ってみるのは、誰にとってもスムーズな作業だったと思います。

そして、それぞれが書いた文章の前後の場面描写から、この人はどんな「驚く」ことばを使ったのか、「ドッキリ」だったのか、「ぎくっと」だったのか、「ギョッとした」だったのか?「このことばはこのシーンにはちょっと違うな」「ぎくっとには何か後ろめたさが感じられるかも」など、具体的な場面を一緒に辿っていくのです。すると、難しく考えずとも、ことばはいつの間にか絞り込まれ、かなり具体的に見えてくるものがあるのでした。

ああ、そうか、ことばは辞書のようにならんでいるものではなく、生きていて、その状況や場面や思いの中で使おうとした時、自然と一番ぴったりしたことばが出てくるものなんだなあ、大村先生は、それを導き出す授業をしていたんだなあ。そして、そうした小さな訓練の積み重ねの中で、語彙は増え、ことばに関する感性は磨きだされていくものなのだなあ。

誰もがスルッと楽しく入り込めて、それでいて確実に得られるものがあるような、不思議なマジックショーのように感じられる授業でした。

ことばをめぐっては、いろいろな角度から、いろいろ考えたいこと、話したいことがたくさんあり(実際個性的な面々からいろいろな話や言語や歌も出て)、いつも尽きせぬ気がするのだけれど、この日の授業では、人に想いを伝えるために一番的確なことばを選ぶ、その基本練習を見事にさせてもらった、そんな気がしました。

みなさんとともに「ことば」とまじめに向き合った、楽しい貴重な1日でありました。

紀伊国の手しごと作家たち、帰ってゆきました

展覧会が終わると、ホッとすると同時に寂しい気持ちになります。
がらんとしたテラの空間には、にぎやかだった作品や人の余韻だけがのこっていて、ふとした時に、声や笑顔がよみがえってくるようです。
そんな残像や火照りをさましつつ、ほったらかしになっていた家の仕事や歌人の世話や、たまってしまった事務仕事を片付け、そうこうするうち、また次の展覧会へと向かうことになります。